東京23区のほぼ中央に位置する神田。江戸の昔から交通・経済・文化の拠点であったこの街は、老舗商店や歴史的建造物が集まる、江戸情緒を残す街として親しまれてきました。そんな神田で複数の再開発プランが進行中であることをご存じでしょうか。「伝統」に「新しさ」が加わり、神田はいま、「住む街」として注目を浴びています。新たな価値が生まれ未来に羽ばたく、神田の街を歩きます。
大正時代初期の神田、須田町交差点界隈を再現したジオラマ。「マーチエキュート神田万世橋」内に展示されている
神田のアクセスの良さは説明するまでもないでしょう。「神田」駅にはJR山手線・中央線・京浜東北線、東京メトロ銀座線が乗り入れ、さらに徒歩圏内に、「淡路町」駅、「新御茶ノ水」駅、「小川町」駅、「岩本町」駅。少し足を伸ばせば「秋葉原」駅や「御茶ノ水」駅、「大手町」駅も利用できます。
建物を覆う緑が印象的な「かんだやぶそば」は創業明治13年。2014年のリニューアルの際にバリアフリー化。2階に個室もある
交通至便な神田では古くから商業が発達しました。「神田」駅周辺には「神田西口商店街」などの商店街が広がり、路面電車の時代に交通の要衝であった須田町交差点界隈には、あんこう鍋の「いせ源」や鳥すきやきの「ぼたん」、神田淡路町の「かんだやぶそば」。江戸・明治からの老舗が今も根強く支持を集めています。
「DILL COFFEE PARLOR」。アンテークな空間とグランベリードリームバーなど、自家製のスイーツで人気のカフェ
その傍ら、新しい店もファンを着実に増やしています。例を挙げると、世界中から上質で美しい食器や文房具を集めた雑貨店「ANGERS ravissant」。会員制高級イタリア料理店をカジュアルに改装した、トラディショナルな魅力と気軽さが調和したカフェ「DILL COFFEE PARLOR」。これらの店は、今の空気感を表現しているだけではなく、普遍的な「生活文化」というべきものを提供しています。神田はかねてから暮らしと文化が近い街。ギャラリーや音楽ホール、教育施設などが揃い、住む人の暮らしを豊かにしてきました。そんな街でこれらの店が人気を得ているのは頷けます。
「ANGERS ravissant」は「KANDA SQUARE」の1階にある。同店のテーマは「上質な暮らし、美しいデザイン」。暮らしを彩る雑貨と書籍が揃っている
2013年に再開発によって誕生した複合施設「ワテラス」は、広場やホールでマルシェなどのイベントが頻繁に開催され、神田に暮らす人々の新しい交流の場になっています。「KANDA SQUARE」は、2020年にオープンした、近年の神田の再開発を代表する施設。錦織物をモチーフにした外観は、街の歴史を新しい感覚で表現したものといえます。
「神田明神」「湯島聖堂」「神保町古書店街」、学生の街「駿河台」といった、昔からの魅力ももちろん健在。「神田祭」など、イベントも豊富。そこでの出会いがこの街の住み心地の良さにつながっています。
神田は「伝統」と「今」が調和し、未来へと羽ばたく街。そんな神田の象徴といえる場所があります。「マーチエキュート神田万世橋」です。1912年に完成した旧万世橋駅をリノベーションした施設で、歴史を活かした建物の中に高感度なショップやギャラリーが並んでいます。昨年、アートプロジェクト「JAPAN ART BRIDGE」が本格始動しました。
「足を運んでくださったことがある方はご存じと思いますが、こんなに特徴のある場所はなかなかありません。赤レンガの建物に入るとたくさんの部屋がアーチでつながっていて、上にはJR中央線が走っています。隣りに神田川が流れ、水辺の街・東京を感じることもできます。いろんな顔があり、いろんな感じ方ができる『マーチエキュート神田万世橋』は、それ自体をアート作品だととらえることもできます」
「JAPAN ART BRIDGE」の企画担当者、成瀬英樹さんはこう話し始めました。
「そしてこの街です。江戸時代からの歴史を感じることも、現在進行中のポップな文化を体感することもできます。神田というこの街自体もアートなんです。アートな建物、アートな街。だから親和性が高いのではないかということで、ここでアートプロジェクトを始めました。『暮らしに馴染むアート体験』をテーマに、ふらっと立ち寄って気軽に楽しんでいただけるような展示を心掛けています」
2024年6月末の取材時には、生成AIを使った作品など、最先端テクノロジーを用いたアートも展示されていた。来館者の参加によって変化する作品もある
「JAPAN ART BRIDGE」は、「マーチエキュート神田万世橋」のほぼ2/3を使って展開されています。企画展示コーナー、イベントを行うコーナー、個室ギャラリー、作品とグッズの展示販売コーナー。そのどれもがユニークな雰囲気を備えています。一般的なギャラリーは白壁の無機的な空間ですが、ここは赤レンガの壁があったり、アーチが空間をやんわりと仕切っていたりと個性的。作品は間接照明に優しく照らされ、空間にしっくりと溶け込んでいます。この空間に、まるで自分の部屋にいるような安らぎをおぼえる方もいるでしょう。暮らしにアートを取り入れる際の気づきを得られる展示です。
「JAPAN ART BRIDGE」では、館内ガイドツアーやワークショップなどを月に8回程度開催しています。どれも親密な雰囲気を心掛けているそうで、ガイドも参加者も一緒になって会話が弾んでいます。館内ガイドツアーの場合、参加者は10名程度。終了後に仲良くなった参加者同士で街に繰り出すことも多いそうです。
「この施設にも、またこの界隈にもよいお店がたくさんありますからね。ここでアートを鑑賞して、街でお食事を楽しんで、仲間もできて……。アートを取り込んで暮らしを豊かに、街は一層盛り上がっていく。その手助けをこれからもしていければと思います」
明治時代に銀座と比肩する文化発信地だった万世橋界隈。「マーチエキュート神田万世橋」は、神田の文化を継承し、未来に向けて発展させる場所です。
※掲載の情報は、2024年7月時点の情報です