練馬区の「光が丘」は、「暮らす」ということをまっすぐに見つめて開発された、「暮らす人が中心」の街。練馬区最大※1の公園がもたらす潤い、駅前に集結する商業・公共施設、新宿まで25分の好アクセス。快適に暮らすためのあらゆる要素がぎゅっと詰まった「光が丘」の街を歩きます。
「光が丘」が気持ち良く暮らせる理由。その第一は鉄道アクセスがよいということ。「光が丘」駅がある都営大江戸線は、「都庁前」駅を経た後、東京の主要な街をぐるっと輪のようにつなぐ路線。都心、山の手、下町へと、スムーズに移動できます。他の路線と接続している駅が多いため、乗り換えバリエーションも豊富です。「光が丘」駅は始発駅なので、座って通勤・通学することができるのも嬉しいところです。
そんな「光が丘」駅から地上に一歩出ると目の前に大型商業施設。「リヴィン」と「イオン」の二つのスーパーマーケットを核に約150店の専門店が集まる「光が丘IMA」です。「光が丘」なら、日々の暮らしに必要なものが駅前で揃い、買い物の楽しみも満喫できます。
食の楽しみもある街です。「日本料理むさしの」は平日のランチから大切な日の会食まで使える嬉しい店。目の前に広がる美しい日本庭園もごちそうです。「ベーカリー オールド キッチン オーガニック」は安心安全な食材を使ったパンの店。パンの一つひとつに食材が明記されているため安心して選ぶことができます。2階にはイートインスペースもあります。

駅前から「光が丘IMA」を左手に見ながらイチョウの高木が続く広い並木道を歩いて行くと、現れるのは「光が丘公園」。23区内で4番目※の広さを誇るこの公園には、思いっきり伸びのびできる芝生広場や、水遊びができる広場、野鳥観察施設、デイキャンプやバーベキューを楽しめる施設もあります。他にもこの街には、丹精込めて育てられたバラで人気の「四季の香ローズガーデン」など、公園や緑道が多数あり、この街の快適さは、まるで広大な緑のオアシスの中に街を築いたように思えるほどです。
「光が丘」の街が広がるこの場所は、1970年代初頭まで米軍住宅地として使われていました。返還後に理想的な住宅地を目指して一から開発がスタートしたため、公共施設、スポーツ施設、文化施設、病院といった暮らしを支える施設が機能的に配置されています。
「光が丘」のある練馬区は保育所等利用待機児童数ゼロを5年※2連続で実現した、子育て世代に優しい区。「光が丘」にも保育園や小中学校、習い事のスクールなどが豊富に揃い、また、図書館や美術館といった学びの施設も充実しています。「光が丘」が子育て世代に支持されている理由はこれなのかもしれません。
※1出典:東京都建設局「公園調書(令和6年4月1日)」
※2出典:練馬区プレリリース「保育所等利用待機児童数ゼロ “5年連続”達成 (令和7年4月25日)」
緑の木立を背景にスマートな高層住宅が建ち並ぶ。──多くの人にとって「光が丘」の街はこのようなイメージでしょうか。そんな「光が丘」に白黒格子のなまこ壁もゆかしい純和風の建物が建っています。貴重な日本美術約500点を公開している「光が丘美術館」です。
「ようこそお越しくださいました。当館は美術愛好家だった初代館長が開設した私設美術館です。独自の技法で知られる版画家・井上員男氏による『平家物語』の屏風作品を軸に、約500点の日本画、陶芸、版画作品を展示しています。私設ですので公立の大きな美術館には及ばない点が多々あると思いますが、ご容赦ください」
迎えてくれた美術館スタッフはそう謙遜されますが、展示室に通されて作品を拝見すると、どれも力のある作品ばかり。特に2階展示室の壁3面を使って展開している『平家物語』はその迫力に圧倒されるほど。白と黒が織りなす無限のグラデーションと精緻を極めたディテールは観る者の心を捉えて離しません。この作品に魅せられた初代館長が抱いた、多くの人に観て欲しい、感動を分かち合いたいという思いから美術館はスタートしたそうですが、それが大いに納得できます。
2階展示室には美しいグランドピアノが据えられています。オーストリアの名門ピアノファクトリー、ベーゼンドルファーがオーストリア建国1000年を記念して12台のみ制作した限定モデルの内の1台で、和の趣あふれる館内に不思議とよく似合っています。

「2階展示室で月に2回ほどコンサートを開催しています。ピアノのリサイタルや、室内楽、歌曲など、どれもささやかなものですが、この部屋は音の響きがよいようで、聴きに来てくださる皆さまにも演奏家の方たちにも喜んでいただいています」
目と耳だけではありません。武蔵野の風情を感じさせる庭園と、その奥に蕎麦処。築150年の古民家で、庭園の緑と花々を楽しみながら石臼挽きの蕎麦を味わうことができます。もうひとつの離れは陶芸教室。簡単なものから本格的な作品まで、皆さん和気あいあいと、そして熱心に取り組んでいます。
美術館を開設した初代館長は、江戸時代から続く地元農家の生まれ。地元の学校のPTA会長を務めていた折に、海外にホームステイしていた子どもがホームステイ先で日本の美術について訊かれて何も答えられなかったことを恥じていたという話を聞いたそうです。美術館開設の裏には、子どもたちに自国の文化をもっと知ってもらいたい、コレクションの公開を通じてこの街の文化向上に貢献したい、そういった思いもあったのです。
日本美を鑑賞し、日本の食を味わい、陶芸を体験する。集いの場として絆も育む。「光が丘美術館」は「光が丘」の街になくてはならない存在です。
※掲載の情報は、2025年6月時点の情報です