世田谷区のほぼ真ん中に位置する「弦巻」は、世田谷らしい上質さと生活のしやすさがほどよく調和した街です。成熟した街並みと、「馬事公苑」などの大規模緑地。都心への好アクセスと、豊富に揃った買い物施設。穏やかに豊かに暮らせる街「弦巻」を歩きます。
「弦巻」の街の玄関口となるのは東急田園都市線「桜新町」駅。「渋谷」へ10分、「表参道」や「大手町」へも乗り換えなしでアクセスできます。駅周辺には商業施設が集まり、スーパーマーケットも「ライフ」「成城石井」「サミットストア」などが揃います。「弦巻」は、スムーズな通勤・通学をかなえる都心直結のロケーションに、世田谷らしい落ち着き、さらに利便性も備えています。
「弦巻」は“日常の豊かさ”を感じられる街でもあります。その豊かさは、街のあちらこちらで輝きを放っているお店を抜きには語れません。フランスで複数の星つきレストランで修行したオーナーシェフが腕をふるうフレンチレストラン「La Clef」。ガレージ風のインテリアが開放的な「815 Coffee Stand」。焼き菓子の店「POPPY COFFEE and BAKERY」は、店から漂う甘い香りで、今日も街の人々を優しい気持ちにさせています。
文化の薫りが感じられるのも、この街の豊かさのひとつでしょう。世田谷区の図書館ネットワークの中核をなす「区立中央図書館」では、人気の「サザエさんコーナー」に、併設されたプラネタリウム。映画会などのイベントも開催され、さまざまな世代の人たちで賑わっています。

「区立松丘小学校」に「区立弦巻中学校」、保育園や幼稚園も近隣にまとまり、安心の子育て環境が整っています。振り返ってみると、この街は古くから幾人もの文化人に愛されてきたことに気付きます。街と彼らとの絆は「長谷川町子美術館/記念館」や「向井潤吉アトリエ館」などで確かめることができるでしょう。
そして、緑がもたらす余裕こそ、この街の豊かさの源泉です。日本の馬事文化の中心として歴史を紡いで来た「馬事公苑」は、2023年に「馬のいる緑豊かな都市公園」として生まれ変わり、緑の中でゆったりと散策を楽しめる場所となりました。「駒沢オリンピック公園」や「砧公園」も生活圏内。広大な緑のオアシスに囲まれ、神社や小さな公園が点在するこの街では、どこを歩いても緑を身近に感じることができるでしょう。
「弦巻」は歩くのが楽しい街です。趣のある石塀の向こうに重厚な塔が聳えていたり、角を曲がると立派な山門が現れたり。気持ち良い風に吹かれて歩いていると、この街ならではの穏やかな空気に包まれます。
区立駒沢中学校の隣りには、広々とした校庭とは対照的な、濃い緑に覆われた一画があります。「向井潤吉アトリエ館」です。ここはかつて、洋画家・向井潤吉が60年もの長きにわたって暮らし、創作を続けた場所でした。1993年に氏から世田谷区に寄贈され、現在は「世田谷美術館」の別館として、氏の画業を称える美術館となっています。そして同時に、氏が愛した世田谷区「弦巻」は、往時の景観を今に伝える場所でもあります。
日本の民家を主な題材に1000点以上の作品を遺したといわれる向井潤吉。氏が「弦巻」の住人になったのは1933年です。「弦巻」は武蔵野台地の東南部に位置していますが、当時は農地が広がる長閑なところで、氏が求めた地所はタンチ山と呼ばれていた丘でした。氏は武蔵野の風情あふれるこの場所を気に入り、もともとの住人であるマツやケヤキ、クヌギやクリは切らずにそのまま残しました。戦時中にやむなく数本のマツが倒されましたが、この庭に立つと往時の風情が今も十分に感じられます。
ひっそりと咲く花々、鳥の声、風の音。そのどれもが、季節により、また、時刻によっても変化します。庭に佇み、あるいは母屋の縁側前に据えられた椅子に身を沈め、しばし耳を澄ませる。小さきものに眼を向ける。そうすると、心が空っぽになってゆくのを感じます。次の創造の糧を得るために、心を空にする。リセットする。そうしたことができる場所が身近にある。それは「弦巻」に暮らす大きな価値です。

館内に眼を転じましょう。高い天井、力強い梁。白壁に向井氏の作品が映えています。ていねいに描かれた作品の魅力はもちろん、ここでは氏の暮らしぶりも伝わってきます。それというのも、家具などの調度品はそのほとんどが実際に使用していたもので、2階の床には絵の具の跡まで残っています。氏が旅先で集めていたという酒のとっくりやこけしから、氏の人となりを想像することもできるでしょう。
館内には要所要所に生花が飾られていますが、その手入れは地元の生花店が担っています。夏場は週に2回、その他の季節は週に1回、足を運んでもらっています。生花店との付き合いは向井氏がご存命のころから続いています。
この界隈には、互いの家の前を掃除し合ったり、庭で咲いた花や果物を持ち寄ったりといった、昔ながらの佳き近所づきあいが残っていると館の職員が教えてくれました。向井氏は武蔵野の自然を残すことで、かつて日本人が共通して持っていた優しさや情をこの「弦巻」の地に生かしておいてくれた。そういえるかもしれません。私たちは緑の中で暮らしていると、自然と優しい気持ちになるのですから。
向井氏はこの家での暮らしについて「緑の傘の下に生活している」と表現し、緑陰に暮らす喜びを賛美しました。その謂いになぞらえると、「馬事公苑」や「砧公園」といった大いなる緑に抱かれた「弦巻」での暮らしは「緑の垣に囲まれて生活している」と表現できるでしょう。恵まれた地に暮らす喜び。「向井潤吉アトリエ館」は、訪れるたびにそれを私たちに実感させてくれます。
取材協力:向井潤吉アトリエ館
※掲載の情報は、2026年1月時点の情報です