瀬田

国分寺崖線の緑を活かした景観と見晴らしの良さで知られる街・瀬田。美しい風景を守り続けているこの街には、街の記憶を次の世代に引き継ぐ、大切な場所がありました。

1 瀬田の街を歩く

歴史の中で育まれた景観。
この街には、それを守り続ける人たちがいる。

二子玉川を見下ろす丘の上。そこに緑と陽光に溢れた街があります。世田谷区瀬田。自然が豊かに残り、長い時間の中で風情と品格を育んできた街です。坂を降りれば、華やかな海外ブランド専門店や瀟洒なレストランがあり、最先端の都市生活と緑に囲まれた静かな生活、両方の恵みを受けることができます。

瀬田のとなり、二子玉川は、東急田園都市線・大井町線の二子玉川駅を中心に広がる街です。駅の西側には、二子玉川のランドマーク玉川高島屋S.C。東口には二子玉川ライズ。映画館やホテル、二子玉川蔦屋家電があるのもこのエリアです。広くゆったりとした通路でマルシェが行われていたり、屋上に芝生の広場が広がっていたりと、ショッピングと街歩きの両方を楽しめるのもこの街ならでは。

つねに進化を続ける二子玉川の街並み

そんな二子玉川の街から北東方向に進むと上り坂に差し掛かり、緑がとたんに濃くなります。ここから先が瀬田です。緑が多いのは、ここが国分寺崖線上にある土地だからです。多摩川が何万年もかけて武蔵野台地を削ることでできた豊かな自然環境の残る場所で、多摩川と野川の北側に沿って伸びています。この崖の連なりは「緑の生命線」とも呼ばれ、美しい景観は住民によって、ずっと守られてきました。

大山道という古道につながる坂道。道の端にある石碑が時を感じさせる

丘の上からは二子玉川を見下ろす素晴らしい眺めが広がっています。中でも行火坂の上に建つ行善寺からの眺望は「玉川八景」のひとつとして詩歌に詠われ、江戸時代には将軍がしばしば立ち寄り、その絶景を愛でたそうです。今でも晴れた日には富士山を望み、今年は秋に開催される「たまがわ花火大会」も一望することができます。

今でも晴れた日は富士山が見える行善寺の絶景
銘木に囲まれた風情のある行善寺のたたずまい

格式の高さを感じさせる
街のたたずまい

緑と住宅が一体となった旧小坂家住宅の庭

景勝地としての歴史を持つ瀬田ですが、明治時代末期以降、政財界の著名人や文人たちの別邸が連なる別荘地となりました。当時のままの姿で現存しているのは、瀬田四丁目の旧小坂家住宅だけですが、街のたたずまいに、格式の高さや風情が感じられるのは、その名残りかもしれません。

住民のアイデアから生まれた地区会館の4面時計台

2004年に景観法が施行されましたが、世田谷区はその前から「風景づくり条例」を作り、街の景観を守ってきました。瀬田の街周辺は世田谷区唯一の「多摩川風致地区」に指定され、近隣に住む人の散策コースにもなっています。

2 この街の風

有形文化財の名邸を活かし、
身近な風景を守り、育む、チカラ

瀬田で唯一残っている著名人の別邸が、瀬田四丁目にある旧小坂家住宅です。現在は世田谷区の所有となり、庭園を含めて整備され、「瀬田四丁目旧小坂緑地」(以下、旧小坂緑地)として公開されています。

この屋敷を建てた小坂順造は、明治末期から大正、昭和にかけて政財界で活躍しました。玄関は古民家風であるのに、その先の居間は数寄屋風。さらに奥の書斎は英国の山小屋風という、和洋折衷の、明治時代らしい自由な発想の設計です。かつては庭園内に茶室があり、戦時中には横山大観が疎開して住んでいました。吉田茂や、駐日米国大使として知られるエドウィン・ライシャワーも訪れ、歴史の舞台となった場所でもあります。

建物と自然が一体化した緑地空間

国分寺崖線の斜面を活かして造られた回遊式の庭園には清らかな湧水が湧き、世田谷区の花・サギソウやカタクリが可憐な花を咲かせます。春の新緑、秋には紅葉も楽しめます。晩年の小坂順造は居間の窓からこの庭園を眺めていることが多かったそうですが、その景観が現在もほぼそのままに残されています。

1999年には、世田谷区の有形文化財に指定され、街の人たちが誇りとする場所ですが、ただ大切に保護・保存されているのではなく、コンサートやイベントの会場にするなど、文化財の新しい活用法として注目されています。

品格のある居間。濡れ縁では観月会が行われる

「2011年に行われた改装工事の後、この場所をどうしたら街の人たちのために活用できるか、それを話し合うための委員会ができました。集まったのは、世田谷のまちづくりについて考えているグループや、地元の児童館の人、自然観察の会の人たちなどです。そこで、この恵まれた環境を活かせるイベントだけを開催する。という方針が決まりました」そう話すのは、旧小坂緑地を運営する「瀬田四丁目旧小坂緑地利活用検討委員会」の村上ゆかさん。この街の雰囲気に魅かれ、近郊に住み続けているといいます。

黒壁が特徴的な山小屋風の書斎

「旧小坂緑地は街の宝物のような場所です。でも眠らせておいては面白くないと思うんです。私たちがすることは、なるべく敷居をさげ、人が来やすくすることです。
緑地を使って親子向けのコンサートを開催したり、一部ですが、邸内には飲食ができる場所もあります。私たちはなるべく自由に使ってもらいたいと思っています。それは、この邸宅での暮らしを、住んでいた人の目線で感じて欲しいからです。有形文化財の邸宅で過ごすなんていう贅沢な体験ができるのは、東京ではここだけかもしれませんから」
地域で暮らす人たちと世田谷区との信頼関係から旧小坂緑地の「いきいきとした場」が生まれたと、村上さんは話します。

村上さんが、はじめに企画したのは、旧小坂邸の中で本を読み聞かせる「せたぼん~瀬田の本棚」です。
「同じ日の同じ時間に定期的に開催することで、街の人たちに旧小坂邸のことを知ってもらいたかったんです」それからは、次々に人が集まり、イベントの数も増えていったといいます。
「この街には才能豊かな人がたくさん住んでいます。その人たちが、この旧小坂緑地という場所を面白がり、喜んでイベントを企画してくれたのがうれしかったですね。今は委員会も10ぐらいのグループで運営されています」

地域の子供支援活動に幅広くかかわる村上ゆかさん

旧小坂緑地の恵まれた環境を活かすイベントとして定期的に開催しているのが、お茶やいけばな、ひな祭り、お月見など、四季を感じる日本ならではの催事です。
「畳を知らない子って多いんですよ。ひな飾りも家ではできない。だから子どもたちより親御さんたちの方が喜んでいる事も多いんです」
畳の感触や香り、ひな飾りの煌びやかな衣装、秋の夜の囁くような虫の声。それらに触れた時の感動は子どもたちの心に深く刻み込まれ、それが伝統を伝えていく原動力となります。旧小坂緑地は、日本の良き伝統、誇るべき文化を次の世代へと継承する場にもなっているのです。
自然観察会も、街中でありながら自然が豊かに残る瀬田でしかできないイベントです。夏の夜に虫の生態を観察する「せたよんナイトサファリ」や、旧小坂緑地の庭園などから湧く湧水を題材にした講座には、多くの人が集まります。また、草刈りや樹木の剪定といった庭園の整備は、業者任せにするのではなく、地域の人たちも参加しています。これらを通じて、国分寺崖線の自然の魅力、そしてそれを守ることの大切さが多くの人に認識され、受け継がれて行くのです。

せたよん繋いだ手コンサート
地元のアマチュア落語家笑竹さんをむかえての新春寄席

変らないことの大切さを
教えてくれる街

晴れた日は富士山も眺めることのできる洋間

イベントには、世代を超えて人々が集まります。落語で笑い、コンサートではみんなで歌う。今では旧小坂緑地は、この街の人たちのコミュニティの中心になり、開催するイベントの多くが満員だそうです。

「旧小坂緑地に来た人が、邸宅のある景観やまわりの自然に接することで、この街はいいな、住んでよかったなって思ってくれるのが一番うれしいですね。住みよい街は、与えられるものではありません。自分たちで作るんです。そして、この旧小坂緑地が、住民たちがやりたいことをやれる場であり続けて欲しいと思います」と村上さんは想いを語ります。

旧小坂緑地は、世田谷区の地域風景遺産に選定されています。地域風景遺産とは、その街に暮らす人が誇りと愛着を持つ大切な風景を選定し守っていこう、という取り組みです。
日々変わっていく二子玉川の街を見下ろすように広がる瀬田の街。およそ80年前から変わらずに佇む旧小坂緑地は、その風格ある存在と、風景を大切に守る人たちを通じて、変わらないことの大切さを私たちに教えてくれます。

豊かな自然環境に恵まれた国分寺崖線上にある旧小坂緑地
旧小坂緑地の周辺は公園や緑道が散策の場になっている

瀬田四丁目旧小坂緑地
〒158-0095 東京都世田谷区瀬田四丁目41-21
休園日:月曜日(ただし月曜日が祝日の場合は翌日)と年末年始(12月29日から1月3日)
開園時間:9:30~16:30

写真:薮崎めぐみ

3 街のおさらい

※掲載の情報は、2018年9月時点の情報です