池上

池上

門前町の趣のある街並みと、ゆったりと流れる時間が心地良い街・池上。2020年には新しい駅ビルが、池上の文化を象徴するデザインで誕生します。今月は、伝統を継承しながら進化を続ける街・池上をご紹介します。

1 池上の街を歩く

人が集い、人が継ぐ。
門前町・池上の新しい街づくり。

池上は池上本門寺の門前町として栄えてきた街です。日蓮宗の大本山であるこの寺には、江戸の昔からたくさんの参拝客が訪れ、安藤広重の『江戸近郊八景』にも描かれました。壮大な総門へと続く参道やその周辺には多くの店が並び、門前町ならではの落ち着いた風情は今も残っています。国登録有形文化財に指定された萬屋酒店や老舗商店が醸し出すたたずまい。趣のある建物が多いこの街には、時代を忘れてしまうような、静かなゆっくりとした時間が流れています。

毎年10月の万灯練供養では、階段の上まで灯籠の行列が続き、秋の夜を彩る

大きな寺には広大な鎮守の杜がつきものです。池上本門寺の背後に広がる本門寺公園もかつては鎮守の杜でした。また、本門寺の中には東京都の旧跡指定を受けている小堀遠州作と伝えられる名園・松濤園があり、寺の西には370本もの梅が咲き誇る池上梅園が広がっています。緑豊かな池上本門寺周辺は、大田区の「みどりの拠点」のひとつに選ばれています。池上では、街を歩きながら四季の移ろいを感じることができます。

西郷隆盛と勝海舟が江戸城明け渡しの会見をしたと伝えられる松濤園

大本山でありながら、池上本門寺には堅苦しさがありません。境内には観光客やジョギングを楽しむ人なども多く、その開かれた空気は池上の街全体に流れています。
くずもちで知られる1752年創業の浅野屋や、1868年創業の米忠海苔店といった老舗が今も変わらずに愛され続けています。
そんな歴史を重ねてきた店の隣に、瀟洒なカフェや手づくりのパン屋、セレクトショップなどが違和感なく並んでいるのも池上ならではの風情です。池上本門寺通り商店街や池上駅前通り商店街など12もの商店街があり、朝市やフリーマーケットも頻繁に行われています。豊かさとともに、新しさ、若々しさも感じさせてくれます。

趣のある池上の街並みを代表する国登録有形文化財の萬屋酒店

門前町の歴史や文化を
今に伝える。

愛らしい「ことりパン」が人気のヤシパン。いつも笑顔であふれている
池上はくずもち発祥の地だといわれる

池上の玄関口となる東急池上線の池上駅では、2020年9月の開業をめざし、駅舎の改良と駅ビルの工事がはじまりました。 5階建ての駅ビルには、池上の街ならではの店舗や、保育園や図書館も入居予定。建物のデザインには池上本門寺と共に歩んできたこの街の歴史が取り入れられます。

※出典:建通新聞電子版(2018年1月24日)、東京急行電鉄株式会社ニュースリリース(2017年4月18日)

改良工事中の池上駅。新しい駅ビルにはショップや保育園などが入り、さらに便利に

駅の改良にあわせて、参道に位置する池上本門寺通り商店街には、野点傘や行灯、日よけ暖簾などが店頭に設置され、門前町の雰囲気を演出しています。「伝統を継承しつつ、新しい」。明日の池上に向けた街づくりは、至る所で始まっています。

野点傘や行灯で門前町を演出した池上本門寺通り商店街

2 新しい風

老舗蕎麦屋から古民家カフェへ。
池上で生まれた再生のものがたり。

池上本門寺の山門から池上梅園に通じる散策路の途中にその店はあります。昭和初期に建てられた2階建ての古民家。長い時間の中で池上の街の風景となり、地元の人に愛され続けてきた建物です。
「古民家カフェ蓮月」。これがその店の今の名前です。池上のことを昔からご存知の方なら、「もしかして、お蕎麦屋さん?」と思うかもしれません。現在カフェとして営業している蓮月は、実はかつては地元の人たちに親しまれていた老舗の蕎麦屋だったのです。蕎麦屋蓮月庵は2014年に惜しまれつつ閉店しましたが、古民家カフェ蓮月として2015年に生まれ変わりました。

通りの中でひときわ目を引く蓮月の建物。この界隈のランドマークだ

蓮月を再生させ、現在、カフェの経営をしているのが輪島基史さんです。蒲田で古着屋を経営していた輪島さんが、蓮月と出会ったのは、ほんの偶然からでした。
蕎麦屋が閉店した後の建物がどうなるのか、街の話題になりました。それだけ、この建物は地元で愛されていたんですね。そして、近所の人たち約20人による再生プロジェクトが立ち上ったのです。プロジェクトでは「お店にする」という基本方針は決まっていましたが、何のお店にするのか、だれが経営するのかなど、具体的なことは決まっていませんでした。友人から「経営者を探している」という話を聞いた輪島さんは、知り合いを紹介するため、70人ほど集まった説明会にたまたま同席しました。その後、輪島さんはこの計画のことをすっかり忘れていましたが、ある日、「プロジェクトリーダーになって欲しい」という電話が入ります。
「驚きましたし、悩みましたね。自分がやるとは思ってもいませんでしたから。でもこんな機会はめったにないので挑戦しよう。そう決めて引き受けました」

さまざまなアイデアで池上の街を活性化する経営者の輪島さん

どうして輪島さんの名前が挙がったのでしょう。経営する古着屋は、当時、子どもたちの駆け込み寺でもありました。何らかの理由で居場所がない、そんな子どもたちが輪島さんを頼って毎日顔を出していました。彼ら彼女らを励まし、時に叱り、親子のように、あるいは兄弟のように付き合っている輪島さんの姿を見ていた再生プロジェクトの一人が、ぜひにと頼んできたのです。
「僕は、『これからはコミュニティが大切にされる時代だ』ってずっと言っていたんです。僕に蓮月の再生を頼んできた人は、蓮月を池上の街のコミュニティの核にしたいと考えていたようですね」

さまざまなアイデアで池上の街を活性化する経営者の輪島さん
蕎麦屋だったころのメニューが飾られている

蓮月の再生を引き受けることになった輪島さんが最初にしたのは、ひたすら池上の街を歩き、人と話すことでした。
「本門寺からスーパー銭湯まで、とにかく歩き回りましたね。そこであらゆる年齢の人と話しました。そして、池上って、意外と昭和の薫りが残っていて、人のふれあいがあって、いいところじゃないかって気づいたんです。この街なら行けるぞ、蓮月なら新しい時代のコミュニティづくりができるぞ。そう確信しました」そうして輪島さんは、蓮月を古民家カフェとして再生させることに決めたのです。

昭和を感じる店内は、映画にもたびたび登場する

それからオープンまで輪島さんの本当の戦いが始まります。昭和8年に宮大工が建てたというこの家は老朽化し、雨が漏り、床は軋み、襖は開きませんでした。掃除は地元の方やスタッフでできますが、修理は腕のよい宮大工がいなければできません。
「修理の見積もりをいくつかの業者に依頼しました。そんなある日60歳過ぎの職人さんがフラッと現れまして、こっちが見積もりだって言っているのに、床を剥がすは、天井裏に入り込むは、勝手に修繕を始めちゃったんです。楽しそうにね」
はじめは不審に思った輪島さんも、この人ならこの家を生き返らせると確信。みごとに蓮月は再生をはたします。

あたたかい空気。
あふれる笑顔。
ゆとりと癒しのある街。

オープンは2015年の10月24日。輪島さんがプロジェクトリーダーになったのが4月ですから、ほとんど準備期間のないバタバタの開店でした。趣のある外観も内装も蕎麦屋時代からほとんど変えず、1階はテーブル席を並べてカフェとして、2階は畳敷きの和室でレンタルスペースとして使っています。雑誌やネットで店を紹介されることも多く、他の街からわざわざ蓮月に来る人も多いといいます。

お洒落な小物が並べられた店内。蕎麦屋時代の家具もそのまま使っている

コミュニティの場に、と考えていた2階では、怪談の会やヨガの会など、さまざまな催しが行われています。その中で輪島さんが特に思い出に残っている出来事があったといいます。 「80代、90代の人が昔の池上について話す会があったんですよ。お年寄りの人がたくさん集まってくれたんですけど、そこに高校生の女の子が一人で来てくれた。彼女、『池上の昔を知りたかったから』なんて言うんですよ。うれしかったですね。僕は、蓮月や僕がこの街のいろんな世代をつなぐ接着剤になれればいいな、と思っていましたから」

2階で開かれた書道教室。古民家を活用したイベントは街の名物に

蓮月のオープンによって、池上の街とコミュニティは新しい一歩を踏み出しました。その成功に触発されて、池上には若い世代が経営するカフェやショップが幾つも開店しました。蓮月という「点」から池上の街「全体」へと、さらなるコミュニティの広がりと発展を願う輪島さんは、友人たちと池上の街のPR動画を作り、街の魅力を発信しています。YouTubeで公開中のこの動画は、大田区が主催する動画コンテストで最優秀賞を受賞しました。

池上本門寺の裏山は、今も昔も子どもたちの遊び場

門前町として伝統を紡いで来た池上に、いま、蓮月が吹き込んだ新しい風が爽やかに流れています。それは街を見下ろすお山である池上本門寺とも共振します。
コンサートやフリーマーケットなどを頻繁に開催する、地域に開かれた寺として知られる池上本門寺は、池上の街のために、さまざまな文化支援活動を行っています。お祭りやイベントで目にする機会の多い池上太鼓、コーラスや日本拳法。四季折々の行事も含め、池上本門寺は、ずっと地域のコミュニティの中心だったのです。

参拝客だけでなく、境内にはさまざまな人が訪れる

池上本門寺を中心に発展してきた池上のコミュニティ。その伝統と親しみやすさを継承しつつ、いま、蓮月の輪島さんたち若い世代が時代に合わせた街づくりを模索しています。新しい駅ビルが建つ2020年に池上がどんな素敵な街になっているのか。今から楽しみでなりません。

池上会館屋上展望台からは、池上の街並みから五重塔までを一望することができる

古民家カフェ 蓮月
〒146-0082 東京都大田区池上2-20-11
営業時間 10:00~22:00(21:30LO)
不定休

写真:薮崎めぐみ

3 街のおさらい

※掲載の情報は、2018年10月時点の情報です