北浜

四季の移ろいを感じる豊かな自然の中に都市機能が美しく整備された多摩田園都市。中でも教育水準の高さと、閑静な邸宅街が広がる環境で知られるあざみ野は、近年もう一つ、人を惹きつける要素で注目されています。それは“アート”。鑑賞するのではなく、子どもたちの感性と主体性を引き出すための“体験するアート”です。そこは、どこまでも自由な空間でした。

1 あざみ野を歩く

19世紀英国の理想を具現化した“田都”
その魅力が詰まったあざみ野の豊かな日常

豊かな自然、街の利便性、
充実の教育環境と
多様な価値が
このエリアに人を
惹きつけている

あざみ野駅西口のバスターミナル。新百合ヶ丘駅など小田急線方面へのバスも運行している。駅ビルには青葉区役所、郵便局などの公共施設も。

「田園都市」――それはかつて、人間の「住」の本来あるべき姿として構想された理想的な都市計画でした。19世紀のイギリスで“近代都市計画の祖”と呼ばれたエベネザー・ハワードが提唱した「田園都市構想」。美しい自然と都市機能を調和させるというその街づくりのアイデアは、やがて20世紀の日本にもたらされ、1950年代から始まった一つの都市開発として結実します。首都圏屈指の邸宅街、「多摩田園都市」。そして、後に“田都(でんと)”の愛称で親しまれるこのエリアに1977年に誕生したのが、あざみ野駅でした。

駅の西口を出ると、目の前に早速「住」の理想形が現れます。真っ直ぐに伸びる大通りには彩り豊かな街路樹が立ち並び、見上げれば広い空。自然の温もりを感じる瞬間が、この街では特別なことではなく「日常」なのです。あざみ野は住宅や小中学校、小規模な店舗併用住宅だけが建設を許された「第一種低層住居専用地域」が多く、建物の高さも制限されているエリア。開放的な視界の中に四季折々の情景が溶け込み、通りを歩くだけでも気持ちが満たされていきます。

西口のバス通りからあざみ野二丁目の信号を入ったあざみ野桜通り。桜の時期には約700メートルに渡ってソメイヨシノが咲き誇り、“桜のトンネル”で親しまれている。

美しく守られた景観は、通りから一本入った高台の邸宅街でも体感できます。電柱が地中化された街並みは広々として、子どもも安心して歩けるゆったりした歩道が随所に整備されています。閑静な街の中には、晴れた日には富士山が望める新石川公園など、大小様々な公園が点在。日々の暮らしと自然がバランスよく調和し、地域のファミリーが穏やかに流れる時間を楽しんでいます。

あざみ野三丁目の邸宅街。第一種低層住居専用地域は建物の高さに制限があるなど、美しい街を保つルールが整備されている。

あざみ野には個性的な専門店も点在していて、それがアクセントとして街に彩りを与えています。その一つがあざみ野東公園近くに佇むカフェ『クノップゥ』。名物のかき氷は旬の果実から手作りする自家製シロップが人気で、遠方から足を運んで食べに来るファンも。気さくなご夫婦が営む店内は居心地もよく、常連として通いたくなる魅力があります。

Knopf
ブランド苺の「あまおう」や旨味の濃厚なみかん「せとか」等、旬の果実の持ち味を凝縮させた自家製シロップは、年間50種類以上。
神奈川県横浜市青葉区あざみ野2-28-10 TEL.045-532-9795

友人を招いたときや、「今日は家族でちょっと気分を変えて」というときに楽しめるスポットが、駅から少し足を伸ばした商業施設『あざみ野ガーデンズ』内にある『BBQPIT』。本格的なバーベキューを手ぶらで満喫できる屋外テラスです。調理器具などの準備・片付けが不要で、プランによっては食材も付いているので、思い立ったときにアウトドア体験ができる手軽さが人気。あざみ野ガーデンズにはフットサルやテニスなどのスポーツ施設もあり、身体を動かしたあとに仲間たちと味わうバーベキューはまた格別です。

BBQPIT
上質な肉や地元の新鮮野菜が楽しめる。夕方以降のサンセットタイムはムーディーな雰囲気に。アウトドアの知識を楽しく学ぶワークショップや薪で焼き上げるピザ作り体験などイベントも開催。
神奈川県横浜市青葉区大場町704-11 TEL.050-3188-8900

あざみ野を含む横浜市青葉区は、私立中学への進学率が市内でも随一。文武両道の校風で知られる「桐蔭学園」や、広々とした環境・設備を整え2013年に開校した「慶應義塾横浜初等部」があり、公立の「あざみ野第二小学校」も2017年度の全国学力テスト(小6対象)で国・神奈川県の平均正答率を10%近く上回る※など、教育機関が充実。進学塾や予備校も多く集まっており、あざみ野は多摩田園都市の中でも、特に子育て世代が注目するエリアとなっているのです。

※文部科学省「平成29年度全国学力・学習状況調査」

難関大学への合格者が多いことで知られる桐蔭学園は、自然あふれる環境で幼稚部からの一貫教育。写真は来春共学化される中等教育学校の校舎。写真提供:桐蔭学園

2 この街の風

子どもたちが目を輝かせている。
それも街の“豊かさ”の一つです。

アートを介して
“自分で創る喜び”と出会う
子どもも、街自体も育てる、
自由なギャラリー

あざみ野というエリアを形づくる多様な魅力の中で、子育ての観点から注目を集めているキーワードが「創造性」。ここには子どもたちが自分の“好き”や“やってみたい”を見つけていける自由な場があります。それが、独自のアート活動で子どもの感性を育んでいる『横浜市民ギャラリーあざみ野』。何かを教えるのではなく、「自主性が生まれる空間」を目指して2005年に開設されました。

あざみ野駅東口から並木通を江田方面に進んで徒歩5分。付近には2月上旬に満開を迎える地元で有名な河津桜がある。
神奈川県横浜市青葉区あざみ野南1-17-3 アートフォーラムあざみ野内 TEL.045-910-5656

この施設のユニークなポイントは、行政主導の“ハコモノ”ではなく、市民の声から計画されたところ。そしてアーティストや有識者がメンバーとして設立・運営に携わってきたというところです。住民の意見として多かった「子どもが生き生きと活動できる場が欲しい」というニーズに応え、自身の経験も交えながら新しい体験型のギャラリーをこの街に立ち上げた一人が三ツ山一志さん。彫刻家として活動していた芸術家であり、横浜市芸術文化振興財団の主席エデュケーターでもあります。

三ツ山一志氏(公益財団法人 横浜市芸術文化振興財団 主席エデュケーター)
彫刻家。造形教育家。親子のフリーゾーンの母体である横浜美術館の「子どものアトリエ」創設に携わる。『横浜市民ギャラリー』『横浜市民ギャラリーあざみ野』館長を歴任。

「芸術家やアーティストは誰に頼まれたわけでもないのに何かを創作し、発表の場まで自分で用意しますよね。自分で見つけた“好き”を、自分の手で形にしていく楽しさがアートの醍醐味なんです。そしてこの楽しさは、何も芸術活動をしている一部の人間だけのものじゃない。受け身ではなく、自分の目で見て、考えて、触れてみる姿勢は誰にでも必要な精神だし、特に子どもたちには味わってほしい感覚。だから、アートを通して彼らが“これ、やってみたい!”という気持ちに出会えるような場所を作ろうと考えました。あざみ野は文化的な感度や教育意識も高く、こうした施設のコンセプトも受け入れられるだろうという思いもありました」

横浜市民ギャラリーあざみ野では現在、子どもたちを中心に幼児から大人まで年代ごとに様々なプログラムやワークショップを実施。市民と創作活動の出会いの場として親しまれています。

年に一度開催されている「あざみ野ナイト」は夕方から始まるアートイベントで、2017年はアーティストusaginingenによる映像と音楽による幻想的なライブショーが開催された。

中でも注目のプログラムが「親子のフリーゾーン」。このプログラムは、横浜美術館の「子どものアトリエ」発足時に、海外のアート教育の事例を参考にしながら、美術や教育の分野の有識者が「生き生きと、かつ安全に子どもたちが自主性を発揮できるような取り組みができないか」と5年の歳月をかけて議論を重ね、作り上げたものです。このプログラムのために作られた空間は、有識者の声を行政が受け止めて反映し、子どもの創造意欲をより膨らませるようなデザインを実現。横浜市民ギャラリーあざみ野を最も特徴づけている活動です。

親子のフリーゾーンには3つのコーナーがあり、それぞれ「えのぐ」「ねんど」「かみ」をモチーフに、子どもたちが“描いたりつくったり”に熱中できるようになっています。ポイントは、使う素材だけが決まっていて、描くもの・つくるものは誰からも与えられないということ。たとえば「えのぐコーナー」は3方を囲むガラス壁も床も全てがキャンバス。ここをどう使うかは子どもたち一人ひとりの自由です。

中庭のように広がる「えのぐコーナー」。水性のポスターカラーでフリーペインティングができる。床は絵の具を洗い流せる特殊な素材で、毎日まっさらな状態に。

どんな色を使ってもいいし、何をどこに描いてもいいという中で、子どもたちはその自由さに最初はちょっと戸惑いながらも、すぐに思い思いの楽しみ方を見つけていきます。人や花など具体的な絵を描く子もいれば、四角や円などの“形”を面白がる子、絵の具が思いがけず混ざって変化する色がきれいだと言う子など、何でもあり。こうして「自分はこういうものが好きなんだ、おもしろい・美しいと感じるんだ」というものを発見していくプロセスが「次はもっとこうしよう、あれもしてみたい」という意欲を引き出していきます。

「えのぐコーナー」の奥には広々としたテラスが続いており、色水を使って遊べるコーナーも。ここは“描く”ことからも離れて、純粋に“色”の面白さに触れられるスペースになっています。たくさんの絵の具から思い思いの色をつくって、その色水をビニールの傘袋に詰めてぶらさげる……そんなシンプルな遊びですが、子どもたちは夢中です。袋の中で色水が虹色に溶け合っていく様子に、ほっぺや服を絵の具でいっぱいにしながら、目を輝かせています。子どもたちにとって、ここは非日常。どの子も解き放たれたような笑顔をはじけさせていました。

親子のフリーゾーンは月に2〜4回、10:00〜11:30にギャラリー3階アトリエにて開催。対象は小学生以下とその保護者で申し込み不要、参加無料、出入り自由。多い時で1日500人以上が訪れることも。開催日はhttp://artazamino.jp/でご確認ください。

地域全体で子どもの挑戦を応援する空気感
その中で人が育ち、また新しい街の魅力をつくっていく

親子のフリーゾーンは、この他、屋内の「ねんどコーナー」「かみコーナー」も使う素材だけが決まっている自由な空間。スタッフが常駐していますが何かを指導するわけではなく、時折ヒントをあげるくらいであとは子どもたちの思いのまま。それこそがこのプログラムのねらいです、と三ツ山さんが教えてくれました。

「やってみたい、と思ってもらえるために一番大切なのは、“いい空気感”だと思っています。常にスタッフがウェルカムな気持ちで、教えてあげる、ではなく、自由にやってごらん、という思いで暖かく見守ることで生まれる空気感があります。全員がそのスタンスでいることで、子どもが自主的にやってみたくなる。そこから『もっとうまくなりたい』という気持ちが芽生え、創作活動を発展させる心の動きに繋がるのです。はじめて参加して最初はべそをかいていた子が、終わるころには得意げに作品を見せてくれる姿を見るのは楽しいですよ」

子どもが質問した時や安全を守る時以外は一緒に楽しんで場を作るスタッフさんたち。その中には、自発的に参加している地元のボランティアの方も多いとか。あざみ野ではこのように、市民が地域ぐるみで子どもの自立心を育む空気感が醸成されています。

片付けも参加者がするのがここのルール。でも“創作”に打ち込んでいた時間がよほど充実していたのか、掃除する姿もなんだか楽しそう。

親子のフリーゾーンで「何かを形にしてみたい」と表現欲求が芽生えた子どもたちには、より本格的な創作教室として「子どものためのプログラム」が用意されています。幼稚園児の年中、年長、小学校の1~3年、4~5年と、おおよそ4つの対象年齢ごとに適したレベルのテーマが設けられ、造形教育専門の講師に教えてもらいながらオブジェを作ったり油絵を描いたり、土ねんどを使った焼き物に挑戦したり。自分の興味のあるものをより深く追求して、感性を伸ばしていけるワークショップです。

「ギャラリーが開館した当初は10人くらい来てくれたらいいかな、と思っていた子どものためのプログラムですが、今ではすぐに定員に達することも珍しくないほど人気の催しになりました。この13年間で私たちの思いが浸透し、地域に根付いてきたという手ごたえを感じています。ここの楽しさに出会った人たちが、その魅力の発信者になってくれているのも嬉しいですね。評判を聞きつけて他県から来たという親子もいますよ」

「子どものためのプログラム」から「土ねんどであそぼう!」(上:幼稚園児、保育園の年中組に相当する幼児が対象)と「油絵を描こう」(下:小学校4〜6年生対象)。どのプログラムもホームページの申込フォーム、往復はがき、来館で申し込み、応募多数の場合は抽選に。写真提供:横浜市民ギャラリーあざみ野

知らなかったことや未知のものにも挑戦する。そういった人が育まれることで、あざみ野はさらに魅力的な場所になっていくのではと三ツ山さんは熱を込めて語ります。

「何か目指すものを見つけて、自分なりにチャレンジを重ねて、うまくいってもちょっと失敗しても、やっぱり好きなことのために頑張る。そんな子どもたちがいる街は、大人も含めて元気なんだと思うんです。既に子どもの頃から市民ギャラリーに通い続けて美大に進学した子や、教育者を目指す子が出ていますが、アートの分野でなくともここでの体験を人生に活かしてくれたら嬉しいですね。そしていつか、彼らが今度は自分の子どもを連れて来るようになって……。そうやってあざみ野は、時代に合わせて変化しながらも人と文化を育む街であり続けるのだと思います」

地元だけでなく、東京などの隣県から訪れるリピーターも多く豊かな交流も生まれている。

暮らしの中に自然を感じる豊かな生活環境と、利便性に富んだ都市機能が享受できる田園都市、あざみ野——。この理想的な「住」が詰まった街は、アートの力で子どもの感性も大きく育つ、そんな場所でもあるようです。

3 街のおさらい

※掲載の情報は、2018年4月時点の情報です

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