グッドデザイン賞受賞レポート仮設HUB拠点
〜まちへの新しい挨拶の形〜【前編】

マンションの大規模開発が行われる場合、工事現場は数年にわたって仮囲いで覆われます。工事期間中は、この囲いによって周辺と完全に分断されてしまうため、地域住民の方々は中をうかがうことができません。そういう状況が続いた数年後、マンションが完成してからいきなり「新しい住人と地域住民との交流を」と求めるのでは遅いのではないだろうか……。
2018年、ひとつのチャレンジが始まりました。それは、マンションが建つ前から工事現場の遊休部分を使い、地域の方々を巻き込んだコミュニケーションの拠点(仮設HUB拠点)を作ろうという計画です。
この実験的プロジェクトは、横浜市で建設中の「プラウドシティ日吉」を舞台に、現在も継続中です。5.6haという広大な敷地に3棟の住居棟、商業施設棟、小学校、地域貢献施設が予定されている大規模物件だからこそ可能になった、画期的な挑戦です。

1 「仮設HUB拠点」という
発想が生まれるまで

工事現場の遊休部分を活用し、
地域の人たちとの接点の場に

「プラウドシティ日吉」は、その規模の大きさから工期を分けて進めるため、計画上、最も遅く着手されるエリアに、少しの間空き地として残される場所ができることがわかりました。野村不動産ICT・イノベーション推進部R&D推進課で、まちづくりを担当していた石原菜穂子は、ここに注目。既存樹木が残る約1000㎡のこの土地を地域に開くことで、新しくできるまちと地域の接点を作れないだろうかと発想しました。

工事現場の内部に地域の方々が立ち寄れる場所をつくり、そこから多彩な活動や人間関係を育むことができれば、マンションが完成して新しい住民の方々が入居する時には、地域に融け込む土壌ができているのではないだろうか。そして地域一体となって、自分たちのまちの魅力を大事に育てていこうという動きにつながるに違いない。この活動は「まちへの新しいご挨拶の形」となる可能性を秘めているのではないだろうかと考えました。

2 実現までの試行錯誤

“場所づくり”という難問に知恵を絞って取り組む

最も難航したのが、場所づくりでした。長い工期の中で一定期間工事をしない場所があるとはいえ、工事現場には危険がたくさんあり、だからこそ囲いを設けて立ち入り禁止としているという前提があります。さらに、遊休地といえども、資材や建設機械の置き場として活用される予定だった空き地を一般に開放するとなると、多くの計画変更が必要になります。
そこで、どのように動線を整理し安全を確保するか、水道や電気はどこから引き込むと効率的かといった問題を、一つ一つ施工会社や事業部と工程を確認しながら解決して進めていきました。

思い立ったが吉日!
吉日楽校(きちじつがっこう)」と名付けられた「仮設HUB拠点」

場所の確保のめどがついたところで取り組んだのが、このプロジェクトをともに推し進めてくれるパートナー探しです。 構想段階から相談していた、予定地に近接する慶應義塾大学大学院SDMの神武研究室、公共空間を活用した地域活性化を提唱するNPO法人ハマのトウダイ、横浜に拠点を構え、まちづくりも手がける設計事務所オンデザインパートナーズといった、タウンマネージメントのスペシャリストたちがコアメンバーとなることが決定。プロジェクトメンバーと野村不動産のメンバーが一堂に会し、どのような場所にするかといったコンセプトづくりが始まりました。

話し合いが重ねられる中、「仮設HUB拠点」は、「思い立ったが吉日!」と何かを始めたくなるような、大人から子どもまでが楽しく学べる広場でありたいという意味を込めて「吉日楽校」と名づけられました。

吉日楽校は2つのゾーンで構成されます。小さな居場所が点在して、のんびりできる森の教室。そして思いっきり運動できたりステージになったりする芝生広場です。
森の教室ではどの木を残すか、一本一本選定し、木陰と木漏れ日をデザインしました。それと共に、組み合わせによって椅子にもテーブルにも遊具にもなる移動可能な小さな家具を作りました。
一方、広場にはクローバーと芝の種をまき、建設現場の方が丁寧に育ててくださったこともあり、2018年7月のオープニングイベントには、青々とした芝生広場が実現しました。

3 “拠点”から生まれた地域とのつながり

イベントで場所を知ってもらい、
日常的に利用する場に

  1. step.1

    開発によって地域に新しい拠点が生まれることになるのだが、数年にわたる工事のため、地域との接点は仮囲いのみとなる。

  2. step.2

    仮囲いの一部を開いて遊休地部分を活用し、誰もが気軽に入れ、楽しむ場所にする。

  3. step.3

    地域の人たちに足を踏み入れてもらい、さらに地域の大学や企業を巻き込んで広場を魅力的にすることで、まちの価値を生み出す。

7月のオープンから3ヶ月間は場所を知ってもらうためのイベントを企画し、まずは足を運んでもらうようにしました。また、慶應義塾大学と共同で企画したテクノロジーを活用した「スマートスポーツ教室」や、地元農家が出店する「産直マルシェ」など、地域で活動する団体や企業などを巻き込んで、地域との接点を意識したイベントを企画しました。

さらに8月からはあえてイベントを行わず、公園のように日常的にこの場所を利用してもらえるよう、毎週火曜日にオープンデイを設けました。

イベントでは、通常の公園では禁止されている焚き火や球技が人気を呼び、オープンデイは、囲いがあるため子どもたちだけで森で遊ばせられると、小さな子どもを連れた家族に好評でした。こうして、この場所の“ファン”となり、通ってくれる地域の人たちがどんどん増えてきました。

「工事現場に“拠点”が生まれたことで、さまざまな新しい関係性が築けました。積極的に関わろうとする人たちの姿が目に見えるようになり、まち作りへの気運が高まるのを感じます。こうした動きは、まちへのさらなる愛着を育んでいくことになるのではないでしょうか」と石原は話します。
この「吉日楽校」で具体的にどんな活動が行われ、利用者の反応や行動がどのように変化していったのかは、後編で詳しくご紹介していくことにしましょう。

石原菜穂子

<プロフィール>
2005年、野村不動産株式会社入社。商品戦略部を経て、現在はICT・イノベーション推進部R&D推進課課長。

<グッドデザイン賞とは>

グッドデザイン賞は、さまざまに展開される事象の中から「よいデザイン」を選び、顕彰することを通じ、私たちの暮らし、産業、そして社会全体を、より豊かなものへと導くことを目的とした公益財団法人日本デザイン振興会が主催する「総合的なデザインの推奨制度」です。グッドデザイン賞を受賞したデザインには「Gマーク」をつけることが認められます。「Gマーク」は創設以来半世紀以上にわたり、「よいデザイン」の指標として、その役割を果たし続けています。

受賞作品一覧はこちら

仮設HUB拠点〜まちへの新しい挨拶の形〜後編 >

※掲載の情報は、2019年5月時点の情報です