職住近接から「職住融合」へ。新しい働き方・暮らし方を志向する人たちがいま注目しているのが五反田。この街はスタートアップの聖地として知られていますが、実は暮らすにもよい環境。働き方・暮らし方のイノベーションは、もう五反田で始まっているのです。
五反田が職住が融合した新しい暮らしをかなえる街であるその理由は、まず、アクセスが良いということ。鉄道なら、JR山手線、東急池上線、都営浅草線の3路線が利用でき、また、目黒、白金、発展著しい品川などへは自転車やタクシーで短時間で移動できます。五反田なら、特徴ある都心と城南の街を生活圏に組み込むことができるのです。
もうひとつの理由は、ヒトとヒトの交流が生まれる環境だということ。飲食店が豊富に揃い、気軽に入れる店からフォーマルな店まで、また、ランチ、ディナー、カフェ、退社後の付き合いまで、すべてといってもよいニーズに応えられます。朝はいま話題の「東京豆漿生活」で本格的な台湾式朝食を。ランチは目黒川沿いのスタイリッシュなカフェ「TONER」でビジネスパートナーと。夜は個性的な魅力の詰まったバーや居酒屋で。この街での自由で活発な交流は、仕事にも暮らしにも大きな刺激を与えてくれるでしょう。インテリア雑貨や服、アクセサリーがセンスよく並ぶ「オルネ ド フォイユ」など、物販店にも魅力的な店がいくつもあり、暮らしに彩りを添えてくれます。
五反田駅から「TOCビル」に至る一帯は品川区と連携する組織、五反田地域街づくり協議会によって「五反田駅周辺にぎわいゾーン」に指定され、既に新たな街づくりが始まっています。旧ゆうぽうと跡地の「五反田計画(仮称)」は来春開業予定。TOCビルの建て替え計画も進んでいます。豊かな交流の場となることを目指すこの再開発によって、五反田は職住融合のニーズにさらに応えてゆくでしょう。五反田の再開発には、東急池上線の高架下を魅力的な商業施設に生まれ変わらせた「池上線五反田高架下」(2018年度グッドデザイン賞受賞)といった優れた先例もあります。
このように「動いている街」でありながら、憩いの環境も備えているのが五反田の美点です。目黒川沿いの道は桜の名所として知られ、「五反田ふれあい水辺広場」は、地域の住民やオフィスワーカーに、お弁当や休息の場所として親しまれています。
山手通りと桜田通りが交差する西五反田1丁目交差点。人と車がひっきりなしに行き交う活気に満ちたこの場所のすぐ裏手、静かな路地の一角に、夜ともなれば明かりが灯り、その温かな雰囲気に誰もが心を奪われてしまう店があります。「桑原商店」。希少な日本酒を少量から楽しめる店ですが、実はここ、単なる酒屋を越えた場所なのです。
「私ども桑原商店は大正4年からこの西五反田で商売を続けている酒屋です。この場所はもともとは倉庫として使っていたのですが、2018年に立ち呑みもできる日本酒専門店としてリニューアルしました」と紹介してくれたのは、代表取締役の桑原康介さん。桑原商店の4代目です。
桑原商店は100年以上続く老舗。古い酒屋というと、重厚な瓦屋根の日本家屋で軒先に杉玉が下がる……といった建物を想像するかもしれませんが、さにあらず。桑原商店はコンクリートとガラスのファサードにネオンが灯るモダンな造り。店内はというと、白い壁に緑色のスチール棚が映え、奥には天井まで届くショーケース。中に並んだ日本酒の色とりどりのラベルがLED照明で輝きます。テーブルは黄色い瓶ケースを重ねたもの。まさにユニークです。感染症対策として2020年夏に設置したオレンジ色のビニールカーテンは元からあったように調和していますが、これには防虫効果もあるそうです。
「設計はブルーボトルコーヒーの店舗を手掛けられたことでも知られる、スキーマ建築計画の長坂常さんにお願いしましたが、その前に1年半ほどかけて、現代美術のワークショップやトークショー、お酒の会、食のイベントなどを何度も開催し、皆さんから広くご意見をうかがいました。アイデアをみんなに出してもらい、店のコンセプトとデザインを詰めていったんです」
そのようなプロセスを踏むことができたのは、「大地の芸術祭」など日本各地の芸術祭やアートプロジェクトに学生時代から関わり、卒業後はアート・マネジメントの会社で働いていた桑原さんだから。そこで培ってきたノウハウとネットワークが活かされたのです。桑原さんはアートの仕事を20年近く続けた後、2014年に戻ってきました。そして、その4年後にここを立ち呑みもできる日本酒専門店に生まれ変わらせたのです。ユニークな店舗づくりとコロナ対策などが評価され、2021年度グッドデザイン賞を受賞しました。
どこを切り取っても画になる店ですが、それでいて親しみやすさが感じられるのはなぜでしょうか。実は店は、桑原さん一家と、ワークショップなどを通じて知り合い、友人となった人たちによる手作り。アイデア出しから施行まで、手伝ってくれた人は延べ200人にも上るそうですが、彼らの思いが店内に染み込んでいるのが親しみやすさの理由でしょう。そしてもうひとつ、ここの主要スタッフは桑原さんのお母さん、おじさん、おばさんだということ。それが独特な優しい雰囲気を作り出しているのでしょう。
オープン以来桑原商店は大人気。日本酒好きはもちろん、現代美術家や現代美術のファン、ワークショップなどがきっかけで縁が広がったクリエイター、近隣で働くスタートアップ企業のワーカー、ご近所さん…。海外からの客も含め、多種多様な人々で賑わっています。
「私はアートもお酒もつながりが大切だと思っています。この店はそれこそ人と人とのつながりの結晶でしょう。お客様をつなぐのは、立場とか属性とか関係なく『お酒がおいしいね』ってこと。お酒は究極のコミュニケーションツールです。私は五反田という街の最大の魅力は多様性に富んでいることだと思っています。いま五反田界隈は、スタートアップの聖地と呼ばれたり、再開発が進んだりと、とても動いていますよね。新たにやってきた人、持ってきた文化によって、五反田の多様性はさらに深まり、もっと素晴らしい街になると思います。これからも桑原商店が、人と人、違う文化と文化が出会う場所、新しい文化が芽生え発展する場所であり続ければと願っています」
写真:薮崎めぐみ
協力:桑原商店
※掲載の情報は、2022年8月時点の情報です