JR中央線沿線の国立は、およそ100年前に理想の学園都市を目指して開発が始まった街。教育環境とともに美しい街並とそれに調和する商業施設も整備されたことで、国立は暮らしの場としても魅力的な街となりました。上質でありながら武蔵野特有のゆったりとした空気も漂う国立の街を歩きます。
国立はアクセスの良さでも人気です。「東京」駅を起点とし、「新宿」駅を経て郊外へと向かうJR中央線は、通勤・通学はもちろんショッピングやレジャーにも便利な路線。例えば「国立」駅から「新宿」駅へは通勤時に35分(日中時には25分)でアクセスできます。
そんな「国立」駅の南口駅前に建つ赤い三角屋根の建物は、国立のシンボルとして長い間親しまれてきた旧駅舎。JR中央線の高架化に伴って解体されましたが、市民の強い要望によって2020年に再築されました。現在は街の魅力を発信する場所として、またイベント会場など交流の場として使われているこの建物は、国立に住む人々の街への愛着の象徴です。
三角屋根の旧駅舎から南に真っすぐ伸びているのが「大学通り」。高木が連なるこの通りは、春に桜のピンク、夏に濃い緑、秋にイチョウの黄葉で黄金色に染まります。石畳の歩道の脇にはショップが整然と並び、ヨーロッパの街のようなしっとりとした雰囲気です。
他にも国立には、白いタイルが敷き詰められた「ブランコ通り」など個性的な商店街があり、豊かな気分で買い物を楽しめます。駅直結の複合商業施設「nonowa国立」や24時間営業の「西友国立店」など、毎日の暮らしに欠かせない店も揃っています。
「黄色い鳥器店」は国内外の工房から集めた器と雑貨の店。作家の展示会の他、工芸のワークショップや料理教室も開催されている
画廊、絵画教室、額縁店など、文化的な施設が多いのも国立の特徴です。陶器や絵画の展覧会も開催している「黄色い鳥器店」。「コート・ギャラリー国立」は明るく開放的なギャラリーで、2階のスペースで絵画やフラワーデザインの教室を開講。イベントやワークショップに力を入れているショップも多数あります。1952年に「文教地区」に指定された国立は、文化を介して人と人がつながる街でもあるのです。
「甘味ゆい」は、旬の果物を使った季節のかき氷が人気。シロップはすべて自家製。沖縄の黒糖など素材にもこだわりが
公園や緑が多い国立では散策も楽しめます。かき氷の名店として知られる「甘味ゆい」と焼き菓子の「BORTON 菓子屋」は、散策の途中にぜひ訪れたい店です。隣町の立川に足を伸ばせば「昭和記念公園」。再開発が進む立川はショッピングタウンとしても人気です。南には「谷保天満宮」で名高い歴史の街・谷保が控えています。
国立の街を南北に貫く「大学通り」と、東西に進む「さくら通り」。この二つの並木道が交わる交差点のすぐ脇に、知る人ぞ知る名店があります。箸置きから、家具、家まで、生活に関わるすべてのデザインを手掛けるデザイナー、小泉 誠さんのお店です。名前は「こいずみ道具店」。小泉さんがデザインしたプロダクトが並び、スタッフに相談しながら購入できます。
「ここはプロダクトを販売する場であるとともに、プロダクトを一緒につくるつくり手やユーザーの皆さんに、自分のデザインの考え方を伝える場所としての役割もあります。全国のつくり手と一緒にものづくりを始めた30年くらい前は、『デザイナーは自分勝手にデザインし、それを無責任に押しつけてくる』。そう思っているつくり手が少なからずいたんです。ここは彼らに『そんなことはありません。責任をもって自分でちゃんと伝えますよ。だから一緒にやりましょうよ』と伝える場所、つくり手の皆さんと目線を合わせるための場所でもあるのです」と小泉さんは話します。
小泉さんいわく「国立の銀座四丁目交差点」の脇にある「こいずみ道具店」は、かつて店舗兼住宅として使われていた建物をリノベーションしたもの。そのため広いとはいえない空間です。しかしそこはデザイナー。さまざまな工夫を施し、機能性を上げるとともに広い収納スペースを確保しています。
階段はやめてハシゴにし、1階の展示スペースの奥には工房、2階には事務スペースとともに試作品などを試すためのキッチンや可動式の大テーブルもあります。3階に畳部屋も設え、小さな建物の中にさまざまな生活シーンが再現されています。
取っ手や手摺りなどの細かいパーツは使い心地を試すためにバリエーションを持たせ、古い建築パーツも敢えて使っています。またよく見ると、ちょっと変わったパーツが使われていたり、思わず笑みがこぼれてしまうような可愛らしいオブジェが隠れていたりと、小泉さんの遊び心が感じられます。国立にあるこの場所で、小泉さんのデザインは生まれ、磨かれていきます。
小泉さんは40年ほど前に越して来て以来、ずっと国立に住んでいます。駅前に行けば何でも揃い、志の高い店がいくつもあり、賑やかな立川へは自転車ですぐ。そんな国立を小泉さんは生活者としても気に入っているそうです。「こいずみ道具店」の建物は1960年代に建てられたものですが、古い建物をあえて残した背景には、愛する国立の街の歴史を次の世代に伝えたいという小泉さんの思いがあります。
国立にしっかりと根を下ろしている小泉さんには地元の仲間がたくさん。仕事でも声がかかることが多いと言います。例えば「大学通り」沿いの「tama cafe」は店舗デザインから照明や家具の制作まで担当しました。「要望があれば国立の街づくりにも関わりたいですね」と小泉さん。「こいずみ道具店」と小泉さんが、国立をさらに住み心地のよい街へと変えていきます。
協力:こいずみ道具
※掲載の情報は、2023年8月時点の情報です